小林屋の起源は『せとや』。創業者、瀬戸屋吉衛門が瀬戸物商として元禄期(1688-1704年)に開業ののち、屋号を「小林屋」と改め宝永7年(1710年)ごろ旅館を創業しました。以来300年にわたり、城崎温泉を訪れる旅人を心づくしにもてなしてきました。私たちの使命は、この長きにわたる歴史と、受け継がれてきた伝統を正しく継承することだと考えています。それと同時に、これから先の100年を目指すことも併せて考えなければなりません。伝統を守りながら、移り変わる時代を乗り越えていく。そのためには、私たちは未来に対してどこまでも自由でなければなりません。そこで浮かんできた言葉が「正統」と「異端」でした。
 
新しいことを恐れずに挑戦する。
その土台には歴史がある。
正統かつ異端であれ。
 
これが我が旅館が目指すべき指針、モットーとなります。
 
正統と異端、一見対極にみえる言葉ですが、これはコインの表裏のように一対です。例えばアートの歴史では、シーンが停滞すると必ず異端で革新的なアーティストが現れ、次なる潮流を生み出してきました。ミロからモネ、ピカソからウォーホルなどゲームチェンジャーとなり得たアーティストたちがアート史に名を刻み、それがそのままアートの歴史となっています。ほかにもファッションや、日本の伝統芸能などの分野でも、歳月の経過とともに異端が正統になりえたさまざまな例があります。
 
異端とは、いわば生きる姿勢です。大群で泳ぐ小魚のように同じ方向へ流されるのではなく、真逆に進む一魚になることです。道なき道を、誰にも理解されないまま歩いてゆく寂しさは、味わった者にしか分かりません。しかしそれ故に迷いながら歩んだ痕跡が、やがて後から来る者の道標となり、足元を照らすライトになるのです。移り変わる時代を乗り越える力をもった異端は、必ず模範され、時に反発され、やがて継承されていきます。この一連のサイクルを私たちは伝統と呼びます。これは文脈は違えども、宿泊業においても同じではないかと思うのです。小林屋は、城崎において正統かつ異端であることで、この街の多様性と革新性を牽引し、城崎が城崎であるための正統なる異端の役割を果たすものだと考えています。
 
まず私自身がその正統なる異端を体現します。
宿の亭主でありながら、現代美術のアーティストであるという二面性。そして幼少から茶道で日本文化を学び、現在は職人とともに和紙と建具を製作しつづけているという探究心。さらに日本人でありながら、人生の半分を海外で過ごしてきたというデュアル・パーソナリティ。どれも城崎にこれまで無かった個性です。
 
私は日本人が旅館に求めるものと、外国人が旅館に求めているものの違いを知っています。また日本人が城崎がこういう風に発展して欲しい、という理想も分かりますし、外国人にとって城崎にはこういう風情を守って欲しいというポイントも理解しています。
 
ですから私は平然と、旅館でも予約時にクレジットカード決済をして、前払いで予約を受けようと言います。アメリカでは常識ですが、クレジットカードで先に部屋代を決済してはじめて予約が成立します。ところが日本では電話一本で、顔も住所も知らない人の予約が受け付けられてしまう。しかも無断キャンセルされることも多々あり、キャンセル料を請求しても回収できる見込みはありません。それであれば、アメリカ式の常識を日本に持ち込んでもいいのではないか。こういう世界のスタンダードを尊重する考え方をします。
 
その一方で、いくら外国人が増えたとしても旅館の朝食でベーコンエッグのトーストを出すのはちょっと止めよう、という発想もします。中にはそれで喜んでくれる外国人もいないわけではありませんが、ここは京都ではなく地方の小さな温泉街です。そこで出会う朝食がトーストであっては残念だと考える外国人もいるでしょう。ならば、その人たちを喜ばせるニッポンの朝食とは何だろう?と考えるのが私の思考パターンです。
 
一番肝心なことは、いったん常識を忘れ、「これが正しい」とか「こうでないといけない」という決めつけをしないという姿勢です。それが小林屋のように、先代からの衰退期を経て、新たな創業期を迎えようとしている旅館には特に必要です。
 

こういった発想で、これまで私は小林屋にいくつかの小さな変化をもたらしました。一つは、客室の障子を手漉き和紙に貼り替えたことです。ことインテリアの素材やディテールに関しては、日本人よりも外国人に目利きが多いです。日本の旅館に泊まったときに、障子にプラスチックが貼られていたらどんな気持ちになるでしょうか。特に紙という素材は日本を代表する文化です。そこは本物であるべきです。しかも、なるべくその地域に根差した素材を採用したいと考え、城崎とも縁の深い因州の手漉き和紙を選びました。

部屋ごとに職人を変え、デザインも色味も違う客室をつくりました。このことは外国人だけでなく、日本人に対する重要な問いかけでもありました。新築される一人暮らしアパートの9割は洋間です。ましてや実家に和室のない家庭も増えてきました。本格旅館の客室は、もはや日本の伝統文化に触れる最後の砦の様相を呈しています。障子を和紙に貼り替えたことで、外国人にも日本人にも、どちらにも大きな意味をもつスモールチェンジとなりました。

 
それから外国人スタッフの採用を積極的に行いました。これは城崎がインバウンド集客の要となっていたという事情もありますが、私個人の思いとしては、職場にダイバーシティを持ち込みたい、職場の多様性を促進させたいという気持ちが強かったことが一番の理由です。日本人のスタッフの中には、外国人に接するのが苦手という人もけっこういます。言葉の壁、文化の壁、いろいろな壁があるといいますが、最も高い壁は身近に外国人がいないという環境そのものかもしれません。
 

私が住んでいたカナダのトロントは、世界最大の多民族都市でした。隣近所にインド人もアフリカ人もロシア人もいて、お互いの家をパーティーで行き来するうちに少しずつ相互理解を深め、とても平和なコミュニティーを形成していました。だからもし身近に、しかも一緒に働く仲間に違う国籍の人がいたら、異文化とのコミュニケーションが日常化し、外国人に対する偏見や苦手意識が改善されるのではないかと思ったのです。

現在では外国人の正社員が2名、海外からのインターンシップ受け入れは4期目に入りました。そして思った通り、家族ぐるみで交流が生まれ、田植えなどの行事に連れ出したりするなど、すっかり外国人のいる職場風景が定着しました。お客様をおもてなしする際にも、偏見や苦手意識というものがなくなり、城崎で最もダイバーシティな旅館のひとつだと自負しています。

 
これからの目標ですが、小林屋の起源でもある『器』を見直し、料理の内容や接客を含めた食まわりを小林屋の一本の大きな柱に育てていきたいと考えています。旅館でいただく食事の価値を一段高めるために、いい器を活用していくということです。
 
100均へ行けば安くて手軽な器が買える時代ですが、あえてそこに逆行し、本物の器でいただく食事を体験できる場として、またお祝い事や記念日など特別なシチュエーションに選ばれる場として、旅館の在り方を再構築していきたいと思いっています。これは外国のお客様の目線でも当てはまります。ワンプレートで提供される洋食と違い、いくつもの器を使用して盛り付けられる和食のスタイルは、東洋と西洋の違いを感じられる大きなポイントでもあります。小林屋に泊まって日本文化への理解が深まった、ファンになったという方を増やせるようなプレゼンテーションを考えていきたいと思います。
 

具体的には、生きている作家の器をコレクションしていきます。年に一組、作家を選定し、会席に必要な器組みを購入していきます。春夏秋冬通してさまざまな料理を盛り付け、実際にお客様に使用していただき、そこで寄せられた感想やコメント、さらに購入希望の注文を作家にフィードバックします。

毎回シーズンの初めには、作家本人を招いたオープニングイベントを行い、この取り組みを各方面に広報していきます。ロイヤルカスタマーにはDMや特典を送付するなど、インセンティブの開発にも取り組みます。

やがてこのプログラムが十回、二十回と続けば、美術館のコレクションと同じように収蔵作器が増えていくことになります。これらを一堂に公開したり、また食事を楽しめる特別プランを実施したりと、活用の幅も広がっていくでしょう。
 
これは元来、ギャラリーや器ショップが担ってきた役割ですが、実際に料理を盛り付け、使いごこちを体験するところまではできませんでした。ここに小林屋が宿としてのアドバンテージがあると考えます。器を使って食事ができる、実際に体験できるという強みです。『うつわを愛でる宿』をキャッチフレーズに掲げ、作家とお客様の橋渡しをすること。やがては日本と外国を結ぶコミュニケーションツールとして、器を通した日本文化の発信の一助になれたらと考えています。
 
再びモットーです。
変化を恐れずに前を向いて突き進んでゆけば、現状を打破する新しいアイデアや発想を得て行くことができる。
移り変わる時代を乗り越え、とともに変化し、新しいことを恐れずに挑戦する。
その土台には歴史がある。
正統かつ異端であれ。
 
これが、
小林屋を再考する、
小林屋を再構築する、
小林屋を最高にする、
ために必要な心得だと考えます。
 
小林屋「再興」リニューアル計画

よろしくお願いします。

永本冬森